読んだ本とか、漫画とか、映画とか、色々

抱きしめられていて、そうしていると楽? と聞いたら楽だと答えられたから、それなら嫌じゃない。そういうミリアンの優しさが可愛い可愛い可愛い! 「…………殺していい?」ってそのままだと病んでるっぽいけど、ここまで読んでいるとミリアンは純粋な感情から言ってるんだよな。続く台詞がたどたどしくて可愛い。
バシュラールとラングレーの関係性がかっこいいなあ! 補ってやればいい、と思えるバシュラールの器の大きさ。
宮殿に恐ろしいものがあるっていうこの状況にひどく悶える。
綺麗なところへ行く、というリュリュは若い。眩しい。きゃーってなるほど青い。でもそれが良い。
シュナルー!! なんていい女だ。ごろごろする。「ありがとう、愛しているわ。——さようなら」っていい女の台詞過ぎる。
ソラ、と呼ぶと去り行こうとするソラは振り向いた。この無垢で何もないと笑っている子どものような詩人が人間の最初であるとカナギは知ったわけで。
誰かソラを助けて、という終わり方。ラストは目前。
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カナギが、ソラは『何』だったか、とバシュラールに聞かれて、「あんな奴、ただの他人だ!!」と言い切るのが良い。仲間とか、家族とか、そういう風に言うよりもずっと信じていられる。他人の為に命懸けになるって言い切るカナギが格好良かった。ちょっと自棄になってるっぽかったけど。
光魔法教会で着替える時の挿絵のカナギにうっかりときめいた。なんだあの美形は……。そしてミリアン可愛い。
ミリアンが「何の力もない」って泣くところはきゅうんとした。そしてカナギ。「寒いのか?」って、カナギーーー!!!!! みたいな。
ウーチェレットとの戦いも良かった。バシュラールとシュナルも良い感じだった。そしてソラがえらいことになってしまった。
「俺は神じゃない。言葉ですべての片がつくとも思わない。ただし、ときにひとはひとを救うことがある。祈れ、ウーチェレット。きっと今だけは、お前にも真実が見える」

口移しからこれはやばいと思っていたんだけれど、ラストの自覚した思いに悶えた。それぞれみんな臆病で、必死に手探りしながら生きようと前に進もうとする姿が感動する。カナギが、もう一度誰かを深く愛するって、じんわりくる。
詩人が好きなんだ、と思い込んでいるカナギにこいつは! と思った。なんか誰かに似ている。誰かの作品で読んだ位置関係だなと思ったけれどこの時点で思い出せない。
リュリュが良いキャラだ。前巻から登場のラングレーは意外と悪い人っぽい。
バシュラールとシュナルの関係も良い感じになってきて転がった。髪に口づけとか、遊びっぽいのにどこか本気が漂っているとか、ときめきがすごい。ぐーんって上がったぐーんって。

かなり面白かった! 王道を行きつつ元気で勢いがある。ミレーユが可愛いなあと思って、フレッドは馬鹿系なんだろうかと読み進めてみると策士ときた! 好みど真ん中。
リヒャルトが若干うさんくさいかなと思いながら、ジークの正体ってやっぱり? と思ったらその通り。期待を裏切らない。一巻だけの知識しかない私としてははジークとリヒャルトにミレーユを取り合って欲しかったなーとか。
登場人物みんな良いなと思う。どこか少女小説の理想的なものが流れているような。筋肉が出て来るのは樹川さとみっぽいなーと思いました(すみません好きなんです樹川さん……)
白薔薇乙女の会が突っ込んでくるシーンの「脱出します!」が何故かツボにはまった。
アンケートのオススメでした。ありがとうございました! これは続きを買いたい……。

すごく面白かった! 舞台っていい。
で、余談だけどこの前に「中庭の出来事」を読んでいたので、舞台っていう設定に繋がりがないかなーと思ったんだがそんなことなかった。
響子と飛鳥が光ってる。暗い舞台の中で、二人が向き合っているのがポスターとかだとかっこいいなあと思うのだ。やっぱりオーディションの「欲望という名の電車」はそれぞれに面白かった。
最後、飛鳥がどこか吹っ切れて楽しそうなのがすごーく良かった。きらきらしてた。
本を持っていた時に「チョコレートコスモスって花言葉は愛の別れなんだよ」と人に言われてそうなんだーと思って関係あるのかなとわくわくしながら読み進めていたので、ラスト、花が出て来たのはおおっと思った。コスモスは宇宙とかけてあるんだな。

もうすごかった。テーマがずっしり来るし、答えの出し方にあっとなった。辻村深月はあっと言わせるのがうまい! それでいて流れが綺麗だ。あらすじを改めて読んで、そうか罪の重さを測ったのかと理解した。
秋先生は「子どもたちは夜と遊ぶ」の秋先生だな。出て来るのは月子と恭司か。真紀ちゃんもちょっとだけ出たか。
私は自分が力を使えるのなら罰の方を「さもなければお前は自分の大切なものを自分で壊す」という風に考えながら読んでいたので、秋先生タイプなのだろうか。
「馬鹿ですね。責任を感じるから、自分のためにその人間が必要だから、その人が悲しいことが嫌だから。そうやって『自分のため』の気持ちで結びつき、相手に執着する。その気持ちを、人はそれでも愛と呼ぶんです」
辻村作品の誰かが誰かを思いやる気持ちは、真っ直ぐで、だから痛くて、素敵だ。

短編集。「小さな部屋」「禅僧」「閑山」「紫大納言」「露の答」「桜の森の満開の下」「土の中からの話」「二流の人」「家康」「道鏡」「夜長姫と耳男」「梟雄」「花咲ける石」以上の作品が収録されている。
この頃から付箋を付けて読むようにしているので、そこから引用などをする事にする。
坂口安吾の童話小説は美しくて芸術品のようだ。芸術には醜い物も芸術とする力があるので、美しいと思えるのだ。
「紫大納言」
宇治拾遺物語? 伊勢物語? とか色々考えたが、元が分からない。大納言が天女に縋る言葉は必死でいて詩的だった。
「(中略)償いは、私が、地上で致しましょう。忘れの川、あきらめの野に呼びよせて、必ず涙を涸らしましょう。あなたの悲しみのありさまあなたの涙を再び見ずにすむためならば、靴となって、あなたの足にふまれ、花となって、あなたの髪を飾ることをいといませぬ」
表題作「桜の森の満開の下」
桜の下に行くと発狂するような恐ろしさがあるということを書いて始まる。解説に書いてあったが、男が出会うのは鬼というのにかなり納得してしまった。
ほど経て彼はただ一つのなまあたたかな何物かを感じました。そしてそれが彼自身の胸の悲しみであることに気がつきました。花と虚空の冴えた冷めたさにつつまれて、ほのあたたかいふくらみが、すこしずつ分かりかけてくるのでした。
閉じられた空間で見つめるものは己ばかりという感じ。
一番お気に入りになったのが「夜長姫と耳男」。登場人物の魂がとても高い所にある感じがする。夜長姫は神の視点に立っているし、耳男は芸術家としての苦悩を越えて高みに至ろうとする。ラストの姫の言葉がすごかった。
「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天上に蛇を吊して、いま私を殺したように立派な仕事をして……」
私としてはそれ以外の感情も有り得る。もっと純粋なものが。と思いもしたが、まだ完全な思考に至っていない。しかしやはりこれらの感情も欲からくる純粋なものかなと思ったりもする。
解説にも付箋を付けていた。
「ふるさと」に対する愛と憎しみ、懐かしさと嫌悪といったアンビバレンツな感情はもちろんのこと、「ふるさと」は始源の場所であるのと同時に終極の場所であり、孤独の極みであると同時に孤独を宥める所であり、「むごたらしく、救いのないもの」であるのと同時に、懐かしさと憧れを掻き立てられ、そこにおいて究極的な慰めを見出すものでもある。
安吾は日本的な血縁的、地縁的な共同体としての”ふるさと”を否定するところに「ふるさと」を見ていた。その時、彼の「ふるさと」はむしろ集団性から孤立、逸脱、落伍した”孤独”な個性のほうにあった。
私にとってふるさとは心安らぐ場所であり、血縁的、地縁的な「繋がり」があるところをふるさととするので、坂口安吾の考えを解いたこの説を面白く読んだ。



