読んだ本とか、漫画とか、映画とか、色々

魔法がうまく使えず引きこもっていた王女ミルレオは、男になる呪いをかけられ、西方守護軍で少年魔女(!?)として修行することに。しかも自力で呪いが解けなきゃ即結婚! ところが西方に、王女が来たとの知らせが――って、ありえない! ミルレオは“女装”して、守護伯ガウェインと己の名を騙る偽王女の正体を暴きに行くが……「お前、女か!?」「きぃあああ!!」 落ちこぼれ魔女が世界を変える、最強ラブコメファンタジー!!(Amazonより)
「私の世界」を愛して守るファンタジー、後半の展開がものすごくて好き!!!!!! となりました。
内容紹介から想像するお話から五割増しくらいシリアスです。コメディ部分もありますが、このラブコメの部分がものすごく大事なシリアスシーンを引き立てていてすごくよかった。はー……久しぶりにこういうファンタジーを読んだ気がする。感動した。
偉大な魔女である母女王にそっくりな娘であるミルレオは、王族の重責と数多の期待を背負い、背負いすぎて心折れてしまった王女。荒療治として男になる呪いをかけられると魔女のいない西方の地へ送られ、魔女としての働きを期待される。正体を知らない西方守護伯ガウェインとむくつけき男たちに囲まれる、賑やかで騒々しい毎日。けれどいつも心には「役立たず」「出来損ない」という呪いの声が充満している。
そんな傷付いた少女が、友情や恋を育んで、世界を愛し、自分を愛し、王女としての覚悟を持って民のために血を流して戦う。後半の戦争シーン、誰が想像した!? 魔女として王女として、王族として立派に戦う姿に心打たれました。
同一のパートで急に視点人物が変わるのが読みにくくはあるんですが、守野さんらしい、物語の登場人物に没入する文章や勢いがまたよくってなあ……。
ガウェインの気持ちが変化して、ミルの正体はともかくちゃんと愛を伝えて行動するところもすごくよかった。物語の途中で両思いになるの楽しすぎる。
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大衆新聞紙の記者ユリアは、しつこくて頑固で書く記事は妄想仕立て。ひょんなことからオスカーの醜聞ネタ(捏造!)を掴んだユリアは、記事を載せないかわりに、アデルに高級紳士クラブで行われている秘密の会合に潜入取材をしろと言い出して!? また後日、アデルの養育院時代の親友が掏摸で捕まり、身元引受人としてアデルの名前を出して……? 甘くとろけるコメラブシリーズ、最終巻!
これでも手加減しているのです、私は紳士だから。(裏表紙より)
あしながおじさん風の出会いから始まった、孤児の少女と大貴族の若様の物語の最終巻。純粋で真っ直ぐな少女が夢を叶える始まりから、すっかり小説のネタになりそうな事件に関わってしまう事件ものになっていて、振り回されるオスカーがだいぶ可哀想で笑ってしまった。最後だいぶと影が薄かったですね?笑
アデルがアデルらしいのが事件を解決へと導き、誰かを救うのですが、でも原稿が燃えたことはもっと怒ってもよかったと思う! 本当にそう思う!
ミリアムがとても可愛らしかったので、時代が変わる頃に年頃の少女になった彼女の恋物語が読めたらなあ、なんて思いながら、楽しく読み終わりました。

小説の続編を構想中の少女アデル。恋人のオスカーは、公爵家の嫡男という身分なのに、ネタ探しに燃えるアデルには振り回されっぱなし。そんな頃、王都に《黒薔薇》と名乗る美術品泥棒が出没しはじめ、アデルは興味津々。同時にアデルは、クライヴという美青年と知り合うことに。彼はリュミエラ・ローズという筆名で活躍する、人気恋愛小説家で……!? 新釈「あしながおじさん」、待望の続編!
俺のアデルに、勝手にチョコレートを与えるな!!(裏表紙より)
中編連作ですが、一冊丸々、黒薔薇関係。王室周りの話をこんな風に出すのかーと楽しく読みました。
クライヴとシヴィルがアデルとオスカーの仲を妙に引っ掻き回すのが気になったんですが、ちゃんと理由づけがされていて、説明もあってよかった。その分、二人の境遇と気持ちは可哀想なところがたくさんあって切ないので、これから幸せに、楽しい日々を送ってほしい。
身分差の恋として進展が気になっていたリンディアとユーディの恋も最後に成就しそうでよかった! 時代設定を活かした成り上がりがいい。次の巻で二人が結婚してくれたらいいなあ。

公爵家の嫡男オスカーは、金と身分が目当ての女達に絶望していた。そんな折、友人のユーディに唆され、小説家志望の少女アデルを匿名で支援するという賭けに乗ってしまった。欲しい物をすべて与えて、アデルが堕落すればオスカーの勝ち。甘えずに夢を叶えたらユーディの勝ち。ところが、贈り物攻撃にまったく興味を示さないアデルに、オスカーは戸惑いながらも興味をひかれてしまい……?
賭けをしないか? 彼女が堕落するか、夢を掴むか——(裏表紙より)
あしながおじさんをモチーフにした、孤児と公爵令息のラブコメディ。
お金と身分目当ての女性たちに辟易していたオスカーが、何も持たないがゆえに空想を友達に、前向きに、一生懸命に生きるアデルに出会い、二人がお互いに持っていないものを少しずつ見つけていく。とっても可愛いお話!
オスカーのキャラがぶれるのが若干面白いんですが笑 アデルの前向きさや強さが存分に見られて楽しい。お嬢様に意地悪をされてもそれが一番波風が立たないと虐げられる状況に甘んじながら、周りの配慮や親切にちゃんと気付けるところがすごくいい。公爵令息の恋人と発表されて、うるさく言われても、それが自分と彼との違いだと認識して受け止めて、自分らしくいられるところ、強くて可愛くて素敵です。
アデルの素性がわかるとは思わずびっくりしましたが、少しは障害が低くなったのかな。続きが楽しみ。

不景気な1930年代のアメリカ、孤児のアニーは仲間たちと明日がよくなることを夢見て暮らす賢くも口達者な少女。だがある日億万長者のウォーバックスのイメージアップ戦略のため、一時的に彼のところで暮らすこととなる。愛犬のサンディとともに前向きに懸命に生きるアニーの言動は、使用人たちやウォーバックスを変えていき……。
82年の作品。最新のものは見ましたが、これが一番いまも舞台等で演じられているものに近いのかな?
こまっしゃくれたアニーが自分なりの価値観と前向きさで、たくさんの人を巻き込みながらみんなで幸せになる。王道だけれどそれがいい。親探しからの流れ、定番だけどそれがいいんだよ……。ラストシーンの花火が如何にも贅沢で、その光景の幸福さに思わず笑顔になりました。

1988年、イラン・イラク戦争中のテヘラン。シデーは医者を目指して大学で学んでいた過去があり、母親となったいまも復学を望んでいた。だが学生時代の左派の運動に参加していたせいで道を断たれ、医師である夫は前線に派遣されることとなり、疎開を勧められるも夫の実家を忌避して娘のドルサとともに残ることになる。空襲など危険な状況下、シデーとドルサの不安と恐怖を煽るような不可思議な出来事が起き始め……。
時代と戦争が絡むホラー。「抑圧」という言葉がよぎる。やはり時代が変わり、人の心が疑心暗鬼にとらわれるとよくないものが現れるということか。
宗教と迷信とジェンダーの問題が絡み、シデーは夢を絶たれ、夫と断絶し、自身も不安ながら幼い娘ドルサを必死に守ろうとする。守ると言っても、自由な状況でなければこんなにも困難なのかと思わせる息苦しさ。恐怖というより、ただただ不安で怖い。戦争という死の恐怖もすぐ近くに迫っているわけで。
結局それから逃れられなさそうだという結末は、この恐怖を生み出すジンなるものの理由が、人の心に起因するからなのかな。なるほどなあと思って見ました。
菊野市の高校生だった並木佐織は、市の夏祭りで驚異的な歌唱力を発揮し、歌手としての将来を期待されていた。だがある日行方不明となり、三年後、まったく縁もゆかりもないはずの静岡県で遺体となって発見される。その容疑者、蓮沼寛一は以前も誘拐失踪と殺人の罪に問われ、無罪となった過去があった。蓮沼は再び事件を起こしたのか? 内海薫は、帝都大学の湯川に協力を依頼する。そして菊野市の夏祭りの日、意外な人物が殺害され……。
公開中なので続きから。
公開中なので続きから。

「雨の降る日に、また戻ってくる」と言い残して亡くなった妻のスア。父子二人の生活となったウジンとジホだが、息子は母が戻ってくると信じて疑わず、ウジンは胸を痛めていた。だがある日スアの告げた雨の降る日、思い出の森を散歩していた二人はスアと思しき女性と遭遇する……。
日本の小説を原作とした、邦画も存在する「いま、会いにゆきます」をリメイクした韓国映画。
雨の季節の、神秘的ながら陰鬱で物悲しい雰囲気の邦画を大事にしながら、戻ってきた理由にちゃんと理屈をつけているのがいかにも韓国映画らしいと思いました。思わず「はー! なるほどー!」って言っちゃった。何故かわからないけれど戻ってきた、というよりはこういう方が不思議感はありつつも納得できたかも。
彼と彼女の恋の物語のようでいて、最初から最後まで家族の物語になっていたのも見ていてしんみりして、よかったなあ。スアはずっとウジンとジホに会いに行こうとしていたんだなって。

江戸時代。武家の生まれで碁を打つ安井算哲は、天文や数学の才能があり、金王八幡宮に奉納される和算の設問を解くのを楽しみにしていた。そんなある日触が起こったことで、幕府より日本各地で北極星の位置を確認する北極出地の命が下される。このことが後に日本の改暦を行う大事業へと繋がっていき……。
原作読了済み。この時代の数多くの魅力的な人物との関わりや絆や結びつきを描いた原作でしたが、映画版はより渋川春海という人にスポットが当たり、一人の人間の壮大な人生を描いたものという印象でした。
一人の人間としての小ささ、天地の大きさ、それらを「遠い」としながら手を伸ばす。個々人の人生を描く対比がすごくよかったなあ。人生って大きい。各々のドラマに満ちているという感じ。
わかりやすさをメインにしているので、原作にあるような、渋川春海を作るまでの様々な人との出会いと交流が薄れているのは残念でしたが、もう一度原作を読んで、映画を見て「こういう景色だったんだろうな」と確認したくなる作品だったと思いました。

善、そして悪とは何か? 東京地検特捜部の検事・正崎は、ある事件を追う中で重要人物である曲世愛と出会う。同時期、東京には新域と呼ばれる独立自治体が成立し、『自殺法』なる自殺を認める法律が制定されようとしていた。日本のみならず世界中が善悪と自殺について意見を戦わせるようになるが、それを止めようとする者たちには数々の悲劇と策略が待ち受けていた。
答えの出ない問いに答えを出そうとする、その途方もなさ。それを利用した曲世愛という女の残虐な罠に次々に陥れられていく主人公たち。正義はどちらか、なんてどうしても言えなくなってしまうのがこの作品だな……と思いました。辛い。
しかし残酷で狂気的な曲世の行為に、ぎゃーっとなって、呼吸が苦しくなって、憎しみが募って、なんとかしたいなんとかしてほしいってはらはら続きを見ちゃうんだよなあ……。
それだけに最後はやるせない。死が悪いことなら、それを与えた自分は悪だし、悪だから死ぬしかなかった、ってことなのかな……。死ねるのは正義であったから、という悪魔みたいな証明だ。きつい。でも面白かった。