読んだ本とか、漫画とか、映画とか、色々

オメガ性を持つ〝神子〟が住まう神殿で、第二性別を持たないセレンは下働きとしてひっそりと働いていた。王家のアルファたちが神子を迎えに来る日――。生まれながらの罪のせいで俯いてばかりのセレンに、「顔を上げろ」と言い放ったのは孤高の第一王子・レイだった。「この俺が気に入ってやったんだ。喜んで抱かれておけ」。王になりたくないと異端の振る舞いをするレイのため、献身的に身体を差しだすセレンだったが…。健気な蕾が清廉に花ひらく、砂漠の寵愛オメガバース(裏表紙より)
オメガバースものを初めて読むなり。なかなか難解なイメージだったんですが、こういう設定だとわかりやすくて面白いなあ。オメガとアルファという性別に神秘性があるのにはロマンを感じます。
虐げられていた「罪の子」が、第一王子に見初められて……というロマンスなんだろうなと思っていたんですが、それ以上に入り組んだ設定が面白かった。レイの粗暴な振る舞いに意味があってその原因がなんたるかはすぐ察せられるんですが、主犯と思しき人物以外に怪しい動きをしている人や、伏線らしきものがありながらも後半にならないと明らかにならない謎があって。ああーここで繋がるのかー! とオメガバースで、オメガ性が神子として選ばれるという世界観の面白みを感じました。
あと表紙の衣装や、挿絵のモザイク模様の細かさがすごい。綺麗。

成瀬順はかつて夢見がちな小学生だった。山の上のお城(※ラブホテル)では舞踏会が行われていると思っていたし、いつか王子様が迎えにくるのだと思っていたけれど、ある日そこから父と浮気相手が出てくるのを目撃し、家庭は崩壊。家を去る父に「全部お前のせいじゃないか」と言い捨てられたことが心の傷となり、話すことを封じてしまった。だが高校二年生になった順は、担任からクラスメートとともに地域交流会の実行委員に任命されてしまう。
おしゃべりを封じた少女の辛くて苦しくて熱くて優しい青春もの。全部が全部うまくいかないところが現実のクオリティですね。リアルだ。その分クラスメートたちの優しさや寄り添い方が非現実的で、あまりにもみんなが優しい……。普通じゃないってもうとことん弾かれがちなんだと思うんですけれど、でもよかった。ミュージカルもクオリティを保っていてよかった。
登場人物が全員器用じゃないところがいい。大人も含めて。けれどその不器用さとまっすぐさが許されるお話だったように思います。

両親が離婚し、母親に引き取られるはずが事故死したため、一人になった九歳の蓮は、親戚の手をはねのけて街をさまよっていたとところを熊のような姿をしたバケモノの熊徹と出会う。一人で生きていきたいという蓮と、弟子を取らなければならない熊徹は師と弟子の関係になるが、バケモノの世界「渋天街」に暮らす人間は心に闇を宿し、大変な災厄をもたらすと言い伝えられていて……。
擬似親子、いいなあ。九太がよくできたいい子というか、無骨ながらも真摯な若者に育っていてにやにやしてしまう。楓もこんな高校生いないよってくらいいい子で、だから世の中から弾かれ気味なんだろうなあとも思う。
血の繋がりで親子になるかならないか。血の繋がりがなくとも親子なのか。「親子」の色々な形が見えるけれど、やっぱり熊徹だよ。だめだめな男が一角の人物になって、さらにっていう展開が熱い。
そして癒しは二郎丸でした。君は本当にいいやつだな。得難いやつだよ本当に。

大叔母のもとで暮らす11歳のメアリは好奇心旺盛ながらもいろんなことがうまくいかず、落ち込む毎日を送っていた。けれどある日森の奥で見たことのない花を見つける。すると見つけた箒が空を飛び、魔女の国に入り込んでしまった。そこでは赤毛とエメラルドの瞳がもてはやされ、様々な勘違いでメアリは天才魔女だと勘違いされてしまい……。
とても児童文学らしい、少女と魔女と成長の物語だったなあ。最初のメアリの何もできなさ具合は成長ものによく見られる特徴だと思うんですが、空回っているのがかわいそうで……。一生懸命なのにうまくいかないってきつい。居場所が欲しいだけなのにね……。ただそこから天才魔女だと勘違いされてもてはやされていい気になるところは、ああー子どもだなーと苦笑い。
映像の細かさ、大叔母の家やエンドア大学、特に魔女シャーロットの家の美しさは格別で、素敵です。あんな家で暮らしたい。

宇宙世紀0079年、ヨナ、ミシェル、リタの三人はジオンのコロニー落としを予見したことで大勢の人々を救った。だがこの能力を求めた地球連邦軍により、強化人間の実験施設に収容されることになる。ニュータイプの力を覚醒させていたリタは三人の中で最も特別で、ヨナとミシェルの心のよりどころだったが、その道は分かたれてしまい……。
ガンダムUCのその後の話。ラプラスの箱を巡る事変が一応の収束を見たものの、ガンダムの二機、ユニコーンとバンシィは解体されている。みんなそれぞれ、自分のなすべきところにいる。その中で、三機目のフェネクスが出現する。三人組というのがいいですね。それもよくある三角関係な男女模様ではなく、たった一人特別な友人がいる、という。この存在がまた祝福であり呪いなんだよなあ。
ニュータイプの存在が認知されるようになってきた世界だからこその攻防や人間模様も、続編という感じ。そしてまたとてもラストがいい。まったく別の「ニュータイプ」に受け渡されるんじゃなく、多くの人々のうちの一人であるヨナへ、バナージから、というのが。

「助けてやれず、済まない……」
男は、幼い麒麟に思いを馳せながら黒い獣を捕らえた。地の底で手にした沙包の鈴が助けになるとは。天の加護がその命を繋いだ歳月、泰麒は数奇な運命を生き、李斎もまた、汚名を着せられ追われた。それでも驍宗の無事を信じたのは、民に安寧が訪れるよう、あの豺虎を玉座から追い落とすため。——戴国の命運は、終焉か開幕か!(裏表紙より)
戴国の長きに渡る冬がようやく終わった。
終わった……終わったんだ……ここからまた始められるんだ……読めて本当によかった。誰かがやったことがこの未来に繋がったんだと思うと、人の行いって本当に大きなものなんだな。後半もうずっと泣いて読んでいました。また改まった暦の名前がな!
泰麒たちが本当に成し遂げられたんだということがいまだ信じられないので、是非ともその後の話を読ませてほしい。読み終わったのにもう続きが読みたい。短編出る? 出るよね?

新王践祚——角なき麒麟の決断は。
李斎は、荒民らが怪我人を匿った里に辿り着く。だが、髪は白く眼は紅い男の命は、既に絶えていた。驍宗の臣であることを誇りとして、自らを支えた矜持は潰えたのか。そして、李斎の許を離れた泰麒は、妖魔によって病んだ傀儡が徘徊する王宮で、王を追い遣った真意を阿選に迫る。もはや慈悲深き生き物とは言い難い「麒麟」の深謀遠慮とは、如何に。(裏表紙より)
う、おおおおおおお……!!!!! と身体の奥から滾る第三巻。そうきたか! ここにきて色々な欠片が合わさり始めた感、興奮する。何より無辜の民の小さな祈りが、一つの命をここまで繋いだということが、もう、もう言葉にならない……。
そして泰麒の特殊性がこういう形で顕れるのか。これをどうとっていいのか、うまく飲み込めない……。ただ彼が『魔性の子』で描かれたすべてを負ってきたという気迫が伝わって、忘れられていないことに胸が震えました。

ナルニアから現代に戻ったペペンシー兄妹。折しも、戦争の影がちらつく世界。ピーターとスーザンはアメリカへ、エドマンドとルーシーは従兄弟のユースチスがいる家へ疎開していた。ナルニアを馬鹿にするユースチスと、エドマンドとルーシーは折り合いが悪かったが、部屋の壁にかかっていた絵から波が溢れ出して飲み込まれ、三人はナルニアへやってくる。
「朝びらき丸」の副題の方が馴染み深いんですが、時代に合わせて変更したんでしょうね。美しい日本語なんですが確かにちょっとわかりにくい。
大人になってしまったピーターとスーザンはナルニアを卒業し、今度はエドマンドとルーシーが役目をまっとうするまでの物語。とても意地悪で嫌な奴のユースチスが変わるところが見どころ。最後の彼の顔つきが最初とまったく違うので、役者さんはすごい。
無邪気でいかにも少女といった言動のルーシーが、女王=お姉さんとして年下の女の子を導くところがロマンですね。だから最後の別れがぐっとくるんだ。また越えるべき壁としてカスピアンがいるエドマンドもちゃんと成長してくれて、この作品、第一作と比べて地味は地味なんですけどめちゃくちゃ深いのですごく好きなんですよねえ。

ペペンシーの四兄妹がナルニアに戻ったとき、彼らが去ってから1000年以上の時が流れ、世界はテルマール人が支配する時代となっていた。叔父ミラースから奪われたものを取り返すため、王子カスピアンは角笛を吹く。四兄妹はその助けとして呼ばれたのだ。だがナルニアを取り戻すための戦いは困難を極め……。
ちょっとずつ大人になっていく兄たちが、アスランを心から信じなくなりそうになっているのが辛い。ここから先のことを思うともっと辛い。ただこの作品が何を描いているのか知ると、ルーシーの無邪気さも見ていて辛い。
二作目は人と幻想の生き物との戦い、神代と人の世の戦いなど、どうしても避けられない現実との戦いが見どころでしょうか。否応無しに流れる時間が、なあ。兄と姉と下二人は違うっていう最後のシーンが、胸にくる。
ナルニアの人々ももちろん、服装や建築も美しくて見ていて楽しい。