読んだ本とか、漫画とか、映画とか、色々
「令嬢ジョンキエール -愛と復讐の果てに-」
18世期フランス。ある未亡人は、好色な侯爵の求愛についに応じ、恋仲になるが、陥落した彼女に侯爵は早々に飽きてしまった。弄ばれたことを許せなかった彼女は、友人から聞いた、貴族の妻になりながら捨てられ娼婦に身を落とした夫人とその娘を使って復讐を企てる。
恋人にすぐに飽きられてしまった未亡人が、元恋人の好みそうな女性を使って彼を陥れ、最後に素性をバラしてやろうという復讐を企てる。貴族に捨てられて娘を産み落とした夫人は降って湧いた幸運に飛びついて娘を唆すも、娘本人は賢く物静かで、自分たちのしていることが正しいとは思っていない。そんな状況で企てられた恋愛ゲームと復讐の果ては?
みんな自業自得という印象の強い作品。たった一人、自らの心に殉じて行動したジョンキエールだけが本当の幸せを得たのかもしれない。どん底から這い上がってもたった一つ綺麗なものを持っている人間が強いのだと思いました。
18世期フランス。ある未亡人は、好色な侯爵の求愛についに応じ、恋仲になるが、陥落した彼女に侯爵は早々に飽きてしまった。弄ばれたことを許せなかった彼女は、友人から聞いた、貴族の妻になりながら捨てられ娼婦に身を落とした夫人とその娘を使って復讐を企てる。
恋人にすぐに飽きられてしまった未亡人が、元恋人の好みそうな女性を使って彼を陥れ、最後に素性をバラしてやろうという復讐を企てる。貴族に捨てられて娘を産み落とした夫人は降って湧いた幸運に飛びついて娘を唆すも、娘本人は賢く物静かで、自分たちのしていることが正しいとは思っていない。そんな状況で企てられた恋愛ゲームと復讐の果ては?
みんな自業自得という印象の強い作品。たった一人、自らの心に殉じて行動したジョンキエールだけが本当の幸せを得たのかもしれない。どん底から這い上がってもたった一つ綺麗なものを持っている人間が強いのだと思いました。
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書道教室を開いている75歳の雪は、ある日訪れた書店で購入した漫画に心を奪われる。それは男性同士の恋愛を描いたBL漫画だった。その書店で働いている高校生のうららは、自身も好むBL漫画にハマっている雪と親しくなり、友人となって交流を深めていく。
原作既読。
初めての作品、初めての同人誌即売会のどきどき。誰かが手に取ってくれたときの感動など、甘酸っぱい切ない気持ちが呼び起こされる。高校生の狭い世界が、住んでいるところや年齢、立場がまったく違う、好きなものを語り合うだけの友人によって少しずつ開かれていく感覚が、ああ、いいなあと思いながら見ていました。
特にすごくリアルで、けれどこうなったら嬉しいなあというフィクションが、二人の友情のきっかけになった漫画家さんが初めての同人誌を読んで、ちょっと元気になったところ。そういう小さな奇跡の描写が嬉しくて幸せな気持ちになりました。元気が出るというのも、「好き」だけが詰まった同人誌って創作者の原点だと思うので、そうだよねえ、と。
しかしうららさん。原作だと地味で適当な感じなんだけれど、実写だと、原作に寄せていても役者さんの知性や品性を感じる佇まいで、育ちがいいってこういうこと……と思わされました。ただのセーラー服がめちゃくちゃ似合っていて賢そうなこと!

雲の上に天国があると主張してからかわれたのび太。ドラえもんの道具を使って自分たちで雲の王国を作ろうと、ジャイアン、スネ夫、しずかちゃんも加わって遊び始めるが、ある日謎の少年を助け、行方不明になったその子を探すうちに、天上人の住む天上世界に迷い込む。実は天上人はある目的を持っており……。
このくらいからの作品をビデオテープなどで繰り返し見ていた覚えがあります。雲を固めて国を作るところに憧れて、この辺りばっかり見ていた気がする。中盤は内容をよくわかっていなくて、裁判のシーンで、かつて助けた関係者が証言してくれるところを熱心に見ていたような。ただ、これまで劇場作品を見てきたけれど証言に立つ人たちが何者なのかはわからなかったので、本編を見なくちゃいけないやつかな?
ここでもかなり露骨に環境問題について話している部分があり、時代が反映されていることを強く感じます。酸性雨が、とか、オゾン層が、みたいな話をしていた頃だったかなあ。

ある日学校中の生徒がゾンビと化し、学校に閉じ込められてしまった女子高生のくるみ、ゆき、りーさん。絶望する彼女らを励ました保健室のめぐねえの発案で、学園生活部を立ち上げ、生き抜くことを決意する。隠れていたみーくんを保護し、意見の相違を乗り越えながら、生き抜くと決めた五人。だがついに彼女たちが「卒業」する日がきてしまう。
ゾンビが溢れる世界で、学校で生き残る女子高生たち。それだけでもキャッチーですが、最後の最後にマジかよと思われる意外な展開と、走り出す彼女たちという、青春×ゾンビの掛け合わせが面白い作品でした。アニメも見たくなったぞ。
普通の学校の風景が、まるで夢から覚めるみたいに現実の世界に戻っていく冒頭の描写があるんですが、これが後々大事なオチにつながるものだったことにびっくりした。現実から目を背けたいし、心の中にある大事なものに縋っていたい、彼女たちの気持ちを思うと……。
たった五人で生き延びるにもなかなか上手くいかないんだから、それ以上の数だともっと大変だよなあ、そりゃ内部崩壊もするわ、と他のゾンビ作品に思いを馳せたりもしました。
漫画家の岸辺露伴はオークション会場でモリス・ルブランの『黒い絵』を競り落とす。だがその絵を競り合った男たちに襲われ、危うく絵を盗まれてしまいそうになる。その絵には秘密があり、ルーブル美術館に手がかりがあると知った露伴は、担当編集者の泉とフランスへ飛ぶ。
ルーブル美術館と、岸辺露伴、罪と罰と、黒。美しいものの影と歴史の重みめいたものに、人間の逃れ得ない罪がある。
作品の雰囲気を象徴するものがぎゅぎゅっと詰め込まれている。それができるセンスがすごい。フランスの風景がまた雰囲気があっていいんだよなあ。
「黒い絵」の力が、個人の罪だけでなく祖先の罪を突きつけてくるところが面白い。ジョジョシリーズはあまり触れていないんですが、そういえばあれは血脈の話だったなあ、なんてことを思いました。
絵にまつわる話というと奈々瀬という芸術家にとってのミューズ、運命の女的な登場人物がいるのがロマンだよなあ。岸辺露伴にとってもそうだし、仁左右衛門にとってもそうだったのかもしれない。
ルーブル美術館と、岸辺露伴、罪と罰と、黒。美しいものの影と歴史の重みめいたものに、人間の逃れ得ない罪がある。
作品の雰囲気を象徴するものがぎゅぎゅっと詰め込まれている。それができるセンスがすごい。フランスの風景がまた雰囲気があっていいんだよなあ。
「黒い絵」の力が、個人の罪だけでなく祖先の罪を突きつけてくるところが面白い。ジョジョシリーズはあまり触れていないんですが、そういえばあれは血脈の話だったなあ、なんてことを思いました。
絵にまつわる話というと奈々瀬という芸術家にとってのミューズ、運命の女的な登場人物がいるのがロマンだよなあ。岸辺露伴にとってもそうだし、仁左右衛門にとってもそうだったのかもしれない。

東京のある下町に、年金で暮らす初枝と、押しかけてきた夫婦の治と信代、息子の祥太、信代の妹の亜紀が暮らしていた。散らかった家で、万引きで生活する一家は、ある日幼い少女が放置されているのを見かねて連れ帰る。秘密を持ちながら身を寄せ合い、擬似的な家族を形成する彼らだが、その日々は終わりを告げて……。
年金暮らしと強請りとは言えない強請りで生活する初枝。わけありの信代と、息子に万引きを促す治。言われるままに万引きをしながらゆり/凛がきたことで少しずつ自らのあり方に疑問を抱き始める祥太、妹の名前を使いながら孤独に生きる亜紀、虐待を受けてこの家族に迎えられることになったゆりことじゅり。
すべてがすべて、寄せ集め。本当の家族ではなく、みんながみんな小さな罪を塗り重ねて、この日々を保っている。それが社会の常識という正しいあり方によって崩されてしまうことは、本当に正しいのか。
正しいんだよ、でもそれだけじゃない。罪を重ねることでしか救えないときもあるかもしれない。そんなジレンマを感じる良い作品でした。
役者さんたちがすごくよくってねえ。人生に疲れたような、軽薄で、けれど奥底にどうしようもない孤独や空白があるような。物語が進む中で、寄せ集めのものが少しでもその孤独を慰撫しているような、そんな雰囲気が感じられて。初枝の死が終わりで、始まりなんだという、否応なく変わるものを感じさせるのも、切ないしやるせない。
大人たちは自らの罪を償う必要があり、どこへも行けない子どもたちはもしかしたらどこかへ行けるかもしれない、外の世界に出て行ける可能性の種を手に入れられたであろうとわかるラストシーンがよかったな。

ドラえもんのひみつ道具を使って絵本の世界で遊んでいたのび太たち。だがひょんなことからしずかちゃんだけが「シンドバッドの冒険」の世界に取り残されてしまい、散らかした本を片付けていなかったせいで処分されてしまった。助けに行けないと落胆するのび太たちだが、アラビアンナイトの世界が一部現実を反映していることから、可能性を求めて過去のアラビアに向かう。果たしてしずかちゃんを助けることはできるのか。
本を処分するってひどくない!? が最初の感想でした。多分これいまだと描写しないよね……?
調べていたら、そういえばこの作品が初めて四次元ポケットが使えない状況だったのか。何故か結構使えなくてどうしようという状況に陥るような気がしていたので意外だったな。
子ども向けの作品で奴隷になるって危機的展開ながら結構登場するように思うんですが、描写のバランスが難しそうだなあと思って見ていました。リアルに寄せるときつくなるし、かといって甘くするとはらはらできないし。

すべての戦いが終わり、役目を終えて去りゆく者と、未来に向かって歩みを進める者、それぞれの道を選んだ七つの大罪たちと王女エリザベス。国王即位を打診されたメリオダスは、その前にエリザベスと新婚旅行に出かけていた。各地を巡る旅の最中、同じく新婚旅行中の弟ゼルドリスとゲルダと遭遇した二人は、不穏な気配を察知して動き出す。この戦いは、人と人ならざるものの時代の終わりと、混沌の始まりを告げる物語。
本編後の物語として、ようやく幸せになろうとする恋人たちと、すれ違い続けた兄弟の共闘と、これまで作品を見守ってきたファンにサービスするような劇場版。そうなんだよ、劇場版というのは「これが見たい!」となんとか叶えてくれるやつであってほしいんだよ!!
メリオダスとエリザベスが安定の夫婦感を見せる一方、恋人らしいいちゃいちゃを見せてくれるゼルドリスとゲルダににやにやしてしまった。ゲルダに弱いゼルドリス、めちゃくちゃいい。撫でられているところでにまにましちゃった。
ディアンヌとキングも結婚式を挙げましたが、意外だったのがバンとエレイン。二人とも人間の誓いごっこはお好みじゃないそうですが、バンはエレインをめちゃくちゃ着飾らせて可愛がってあげてくれよ!!! とちょっと思っちゃった。
そうした本編の色々にけりをつけ、続編の伏線となる作品。とにかくゼルドリスが可愛くて楽しかった。

いまだ人と、ひとならざるものの世界が分かたれてはいなかった、古の時代。魔神族の暗躍から王国を救った七つの大罪と王女エリザベスは、国王の生誕祭を祝うための食材集めに走り回っていた。だがメリオダスとホークが偶然天空の世界に転移したことで、一行は天翼人と魔神族の黒の六騎士との戦いに身を投じることになる。
本編とはちょっと違う設定の番外編的な位置づけかな? メリオダスとエリザベスがいて、そのそっくりさんがいたら、三千年前の聖戦を思い出さないはずがないもんね。本編が悲劇の恋人たちやすれ違った兄弟の話でもあるシリーズなので、公開時期的にその設定が生かし切れないであろうこの劇場版はちょっとパワーダウンさせられてしまっている印象。
七つの大罪はアニメと変わらずかっこいいし、戦闘シーンもいいんだけれど、惜しい……。

ある日、謎のピンク色のもやをくぐったのび太は動物たちが人間の言葉を話して文明を営む場所に迷い込む。翌日案の定ドラえもんたちに話すも信じてもらえなかったが、寝ぼけて再びピンク色のもやをくぐったのび太と、それを追いかけてきたドラえもんによって確かにその場所が存在すると確認する。そこは地球とは異なる動物の姿をした人々が住むアニマル星だった。
1990年の映画なので、当時話題になっていたであろう環境破壊などの要素が色濃くなっている。いままでならのび太に勉強するよう注意したり、散らかさないように言ったりするママが、いきなり町内会の一員としてゴルフ場建設計画に反対することになって勉強したり、それをのび太に伝えるところが、思いっきり明示的。
いままで結構何かと戦ったり敵対勢力にいたり、助けを求めてきたり、というゲストキャラクターが多かったので、犬の姿の普通の男の子だったチッポとのび太たちが出会って、ちょっと遠い旅行先の友達みたいな感じで一緒にいるのがなんだか微笑ましかったな。
敵対勢力になったニムゲ同盟の総長の最後の一言がなんだか切なかったな……。